日記をつけよう、その後。

 ボケッとしていたら、結構な日が経ってしまった。やべーやべー。結構な日というか、一週間も経ってるし!

 水曜日はドイツ語の授業に出て、0から20までドイツ語で書く課題が出た。そして経済理論入門。「機会費用」って超面白い。そして勉強時間の機会費用は非常に高価だなと思った。木曜日は寝坊して、夕方から。人生相談に乗ってもらい、進路について再び再考。金曜日は寝坊したけど、割と頑張ったかもしれない。金曜日補講時間に今週二回目のドイツ語があった。無理無理とか思いながらも勉強してたので、テストは満点!やったーって感じ。土曜日ももちろん、寝坊。なんと、高校の文化祭に行き損ねた。せっかく友人がライブをやるというので、やる気満々の行く気満々だったのに。残念。

 週が変わって、月曜日は寝坊。今日は火曜日、もちろん寝坊。寝坊しすぎだろ俺!!^^;

「空気の読めない人」が評価されない理由

 お風呂に入っているときは、いろいろ考えることが多い。そのおかげか、論文のテーマとか、おもしろい記事はお風呂で思いつくことがあったりする。さっき思いついたことについて書きたい。

 人から良い評価を受けないと嘆く人がいる。自分も割とそういうタイプである。そして、そういう人ほど、他人のことを良い評価できない傾向にあるように感じる。「空気を読めない」を例にして話してみようか。「空気の読めない人」というのは、言い換えれば「他人の空気を評価できない人」と言える。空気を文字や絵画という言葉に置き換えるとよくわかる。文字が読めない人は文字の上手い下手の評価ができないし、絵がわからない人は同じくだ。

 となると、評価されたいと思うならば、評価できる人間にならないといけないわけだ。教養があるとか、空気が読めるとか、流行についていけるとか。そういうのは人を評価するとき、もしくは人から評価されるとき、要素となる。そして人が評価できないと、人から評価されないというわけだ。

今後の展望 その1

 ここ最近行き詰まっている感MAXなので、原点回帰も兼ねて、週末は母校訪問に行こうと思う。文化祭らしいしね、遊びに行ってきます。将来の方向性がブレブレ真っ只中、そうは言ってもやりたいこととか興味のあることは常にいくつかある。

 教育系の仕事は、いいんじゃないかなって思う。教職とか講師とか、そういった方向性の生き方が向いているかなとは、なんとなーく思っていたりいなかったり。俺は問題児だと思うし、そんな俺が納得して通ってきた道というのは、人の参考になるんじゃないかな。まぁニッチな市場かもしれないけど、少なからず需要はあるのではないかなと。

 んー、難しいね。大学院行きたいとか思いつつ、行くお金も才能もない、今は。それをどう身に着けていくかが今後の課題であることは言うまでもない。勉強することをやめちゃいけない、そんなことはわかっている、百も承知。

論文を書きたい その1

 前の日記で論文を書こうかという話を挙げたけど、テーマ探しが思いのほか難しい。刑事法に関わる話で、医事法、著作権法、児ポ法の領域について考え書いていきたいと思っているんだけど、ciniiで論文を検索してみて、出てきた膨大な数に圧倒されてしまう。論文を書くって難しいなぁ…

 というか、俺は世間知らずにもほどがあるな。ろくに情報収集もせず、検索もせず、論文や判例を読まず、本もろくに読まず、大した勉強量を重ねているわけでもない。そう考えると、「お前にはまだ早い」と言った山本先生の言葉からは重みや優しさを感じる。今何をすべきかを教えてくれたことに感謝したい。

 と同時に、学部生で個人の論文を持つことに益々憧れを感じる。感じずにはいられない。だって論文だよ!?しかも法政論集には、個人論文が毎年2~3本しか載らない。これは投稿しようと考える人が少ないかららしい。じゃあ書けば載るじゃん、という話になる。いや、そんな単純な話でもないんだろうけどね。

日記をつけよう。

“日々の生活で何をしているのかよくわかっていないから、いろいろと問題が起こるのではないか?”

 という仮説を自分の中に立てて、それを改善すべく日記をつけることにする。本当は紙媒体に書いたほうがいいんだろう。というのも、前期の筆記試験の時に遅筆すぎて時間内に答案を仕上げることができなかったから。だけど日記続かないし、習慣的に開くPC画面でやっちゃったほうがいいかなーなんて思ったりもする。

 昼間はそうだな。寝坊して、日本史概論と自然と物理に出損ねる。刑法各論は後半10分、目をこすりながら参加。頑張った俺、頑張ろう俺。そして、家庭教師をやりに街へ。なんと言うか、今日は生徒さんが集中できなかったようで、できるところまでやって切り上げ。どうしたら安定した集中力をつけさせられるのかなぁ。おそらく怒ればやるのかもしれないけど、学習への外発的動機づけの中で、怒ることは一番愚かだなと思う。だから怒らない。絶対にね!

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法学について考える。

 中学校や高校で社会科・公民科を担当して、生徒から「この教科では何を勉強しますか?」「勉強して得する事って何ですか?」と聞かれたら、何と答えるだろう。俺なら、実生活でそのまま役に立つルールを勉強すると伝える。勉強して得することは、訴えられたときに落ち着いて対応できるとか、生活に困窮したときどうすればよいのかわかる等。

 社会はルールに基づいて動いている。訴えるとか訴えられると聞くと人は委縮するが、どちらも、主張と議論の機会を得るにすぎない。生活に困窮しているというのなら、生活保護を受けることができる。生活保護の条件は厳しいようだが、不可能かと言えばそうでもないだろう。どちらも法学の分野であるのは、言うまでもない。そう、法学は国のルールを学ぶ学問。すでに存在するルールを、現在起こっていること、そしてこれから起こることに適用していく学問である。

 法学は社会学の一つの領域で、法律解釈学。どこかの本に書いてあったが、その通りだと思う。法学というのは小難しいふりをしているが、大学の学部入試で倍率が高かったりするだけで、実際は他の学問と一線を画すようなものではない。その根拠は、面倒くさがりな俺が投げ出していないから。本当に難しかったら、今頃俺は大学を中退しているに違いない。面白いかどうかと聞かれれば、割と面白い学問だと思う。

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